PUBLICATIONS論文誌・刊行物

STEM教育研究 第2巻

2020-02-26 | PUBLICATIONS

昨年度のSTEM教育研究第1巻では、「これからのSTEM教育の実践と評価」というテーマで特集を組みました。
新しい学習指導要領の実施が目前となり、これまで様々な場面で試行されてきたSTEM教育が、実践段階に移行し始めています。

第2巻では実践者の分析や、他教科との関連、各国のSTEM教育への取り組みなど、多様な側面からの研究論文を広く投稿いただきました。
査読者および編集委員の協議の結果、4本の論文を採択しました。さらに特別寄稿として、広尾学園高等学校の生徒が取り組まれた研究を掲載しています。

また第2巻からはSTEM教育の研究成果だけでなく、多様な事例を広めることを目指し、実践報告の査読も開始しました。
これらの研究や実践の報告が多くの読者にとって参考になり、今後の教育の改善に役立てられることを期待しています。

STEM教育学会では、今後も「STEM教育研究」の刊行と内容の充実を図ってまいりたいと考えております。今後もより多くの研究者が投稿されることと、より多くの読者に活用していただくことを期待しております。

 

本誌に関するご意見、ご感想等は、お問い合わせフォームより受け付けています。

編集長 赤堀侃司(一般社団法人 ICT CONNECT21)
副編集長 中川一史(放送大学)
編集委員 安藤明伸(宮城教育大学)
編集委員 大谷忠(東京学芸大学)
編集委員 岡部恭幸(神戸大学大学院)
編集委員 門田和雄(宮城教育大学)
編集委員 中橋雄(武蔵大学)
編集委員 堀田博史(園田学園女子大学)
編集委員 益川弘如(聖心女子大学)

発行者: 日本STEM教育学会
発行地: 東京都新宿区

 

■目次
STEM教育研究 Vol.2 目次

 

■論文
各教科等横断的なプログラミング教育の実践による小学校教師の変容に関する考察
– Technological Pedagogical Content Knowledge(TPACK)の形成の観点から-

小田 理代・後藤 義雄・星 千枝・永田 衣代・青木 譲・赤堀 侃司

本研究では,各教科等横断的にプログラミング教育を小学校教師が実践するために,どのような知識・技能が必要で,さらにそれがどのように自信に繋がっているのかを把握することを目的とした。小学校教師がプログラミング教育を実践するために必要な知識・技能としてTPACK (Technological Pedagogical Content Knowledge)に着目し,小学校教師のプログラミング教育に関するTPACKの形成を支援した。TPACKの形成を支援した教師のうち12名がプログラミング教育を実践した。質問紙調査より,プログラミング教育実践前と実践後ではプログラミング教育に関するTPACKの平均値が有意に増加し,プログラミング教育のTPACKが形成されていることが確認された。さらに半構造化インタビューにより,各教科等横断的に実施されるプログラミング教育においては,これまで教師が培ってきた教科教育に関する知識が,授業設計にも生きることが示唆された。

 

プログラミング的思考の理解と授業イメージの把握を目的にした小学校プログラミング教育に資する初回用研修パッケージの開発
小林 祐紀・中川 一史

プログラミング的思考の理解と授業イメージの把握を目的とした小学校プログラミング教育に資する初回用教員研修パッケージを開発した.本研修パッケージの特徴として,授業とのつながりを理解しやすくするためにプログラミング的思考を3つに具体化して捉えたこと,コンピュータサイエンスアンプラグドの考え方を参考にした体験を採用したこと,文部科学省が言及していないコンピュータを用いないプログラミングの授業を含んでいること,90分で研修が完結することが挙げられる.研修前後で研修参加者を対象に実施した質問紙調査の結果,プログラミング教育の目的の理解,プログラミング的思考の理解,授業イメージに関して研修参加者の意識に変化が見られた.授業イメージを有していると回答した中には,具体的な授業内容や場面への言及が確認できた.一方で,小学校プログラミング教育の円滑な実施のためには,本研修パッケージの改善や授業づくりに関する研修やプログラミング教材の体験に特化した研修等を追加して実施する必要性が示された.

 

テキスト型プログラミング言語に着目し,小学校における外国語活動とプログラミング教育を接続させた授業の提案
田村 俊之

小学校において,新学習指導要領により,2020年よりプログラミング教育が正式導入される。ネット上等では,さまざまな取り組みが紹介されているが,いわゆるビジュアル型プログラミング言語を活用したものがほとんどである。そこで,本研究は,キャリア教育が目指すポイントの1つである,将来の職業的自立の基盤となる能力を育てることを意識し,キーボードから入力してプログラミングするいわゆる「テキスト型プログラミング言語」に着目し,同時期に小学校に導入される外国語と接続させた授業を提案し,実践を通してその有用性を検証した。外国語活動でデザインをテーマにした学習に取り組み,その際作成したデザインを,学習した英単語と同じ命令が使える BASIC 言語を使用して,プログラミングし,コンピュータに描かせる活動である。小学6年生で実践した結果,無理なく実践可能であることが明らかになった。

 

STEM教育を重視した台湾北部の自造者教育
門田 和雄

近年台湾では,日本の小学校に相当する国民小学及び中学校に相当する国民中学,高等学校に相当する高級中学において,STEM教育の観点を重視して,3Dプリンタやレーザー加工機などのデジタルファブリケーション機材を積極的に活用した自造者教育が急速に普及しつつある。本研究では台湾北部にある新北市立永和国民中学の訪問調査を行い,教科「生活科技」の取り組みについて,日本の中学校における教科「技術・家庭」の技術分野との比較検討を行い,デザイン思考が重視されていることを明らかにした。また,自造者教育の拠点となる新北市及び宜蘭市の自造者教育センターの訪問調査に基づき,従来の手わざの教育だけでなく,デジタファブリケーション機材を活用したSTEM教育を重視した自造者教育に取り組んでいることを明らかにした。

 

■特別寄稿

特別寄稿の背景
広尾学園高等学校1年生(当時)の川村綺佳さんは、2019年3月の「新しい学びフェスタ」(主催:ベネッセコーポレーション、共催:聖学院中学高等学校)において、「歩行者相互作用モデルを用いた広尾学園の一斉下校シミュレーション」と題した研究発表を行い、STEM部門優秀賞を受賞した。本稿は、その研究発表の内容をもとに寄稿されたものである。
新しい学びフェスタは、2011年から続く中高生向けの教育イベントである。毎年20校程度の学校から中高生が集まり、学校内外で学んだプロセスや成果をポスター発表やデモンストレーションとして披露し、社会課題に取り組む実践者や各分野の研究者との対話を通じて、その学びを深化させている。
今回発表された内容は、データサイエンスを用いた野球の打球の分析、AIを活用した類語辞典のデモンストレーション等のSTEMを意識したものが数多く見られた。その中でも本稿の研究発表は、学校内の身近な出来事に問題意識を持ち、先行研究をふまえながら数理モデルを使って分析し、改善案を提示した点が高く評価された。
今後、STEMの観点から様々な社会課題と学問を結び付けた探究的な学びが全国各地の高等学校で活発化していくことを期待し、特別寄稿として収録した。多くの方にお読みいただければ幸いである。
小村 俊平
(ベネッセコーポレーション 教育イノベーション推進課・新しい学びフェスタ実行責任者)

歩行者相互作用モデルを用いた広尾学園の一斉下校シミュレーション
川村 綺佳

広尾学園中学校・高等学校では定期試験中に中学3学年が一斉下校することがあり学年ごとに教室を出る時間を5分ずつずらしているが,エントランスや駅構内で混雑が起きている。この混雑緩和を目指して,「A universal power law governing pedestrian interactions」[1]にある歩行者相互作用のモデルを一斉下校する際のシミュレーションに応用した。[1]以前の先行研究において,歩行者同士の動きは粒子同士の動きで表現でき,相互作用が働いていることがわかっている。しかし,一対の相互作用をそれぞれ分離して定量化しづらいという問題点があり,[1]では歩行者相互作用のモデル化にあたり,歩行者対の存在確率を確率密度関数を用いて定義し,ボルツマン分布に従うと仮定して,この問題点を解決している。学年ごとに教室を出る時間をずらして一斉下校シミュレーションを行った結果,その時間は9分が妥当であるという結論に至った。